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Daily Archives: 2015年5月15日

判決の一部言い忘れ



神戸地裁の刑事の裁判で,言い渡すべき判決の一部の言い渡しがなされなかったというニュースがありました。

 これは,刑法18条4項で「罰金・・の言渡しをするときは,その言渡しとともに,罰金・・を完納することができない場合における留置の期間を定めて言い渡さなければならない。」と定められているにも拘わらず,被告人に罰金刑の言い渡し(懲役刑も併せての言い渡しだったようですが)だけをして,「罰金・・を完納することができない場合における留置の期間」(「換刑処分」といいます。)の言い渡しをしなかったということのようです。

具体的には,
  被告人を懲役2年及び罰金50万円に処する。
  その罰金を完納することができないときは,金○円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 というような感じの言い渡しをしなければいけないのに,「その罰金を完納することができないときは,金○円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。」の部分を言い忘れてしまったということになります。

 

「単純なミスなのだから,後で訂正すればよいではないか。」と思うかも知れません。しかし,刑事訴訟法342条で,「判決は,公判廷において,宣告によりこれを告知する。」とされています。そして,この「宣告」の方法としては,刑事訴訟規則で「主文及び理由を朗読し,又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。」とされています。つまり,公判廷で,少なくとも主文を朗読し,理由の要旨を告げなければならず,これによって初めて判決が成立することになります。言い換えると,この「宣告」がなされてしまうと,その「宣告」された内容で判決が成立することになるので,「宣告」された内容が法律に違反していれば,「やっぱり,あれはなし!」という訳にはいかなくなるのです。
 「いや,判決書には書いてあったんだが,言い忘れてしまったのです。」という場合も,「宣告」された内容で効力が生じるので,この言い訳も通用しません。

 

では,言い忘れていたのだが,公判が終わる前に気づいたらフォローできるのかの点については,判例や実務に於いて,「その公判期日が終了するまで」であれば,言い直すことが出来て,その言い直された方の内容で効力が生じるとされています(何を以て「その公判期日が終了」と言えるのか?の問題もありますが,それはまた機会があれば書きます)。
 ですから,今回の件でも,裁判官が主文の言い渡しをした後,検察官や弁護人は「あれ,罰金刑なのに,換刑処分に関する言い渡しがないな。」と気づけたはずで,どちらかが「畏れながら,裁判官・・・」って感じでそのことをその場で指摘すれば,事なきを得たとも言えます。

少なくとも,検察官は公益の代表者ですので,気づいてその指摘をすべきだっただろうとは言えます。

 

ところで,弁護人の場合はやや微妙なところがあります。その事件が「とにかく刑務所に行くことにならなければOKで,はやく全て終わらせたい。」という場合なら躊躇なく指摘すべきだろうと思います。しかし,たとえば無罪を争っていたとか,量刑が重すぎるという場合は,控訴することを検討するわけで,この換刑処分の言い忘れは控訴理由になるので,敢えてここでは指摘せず,控訴理由として控訴審で主張することを考えてもおかしくありません。
 特に,被告人が勾留されていて有罪だと実刑判決という場合だと,未決勾留日数との関係で,より具体的な悩みが出てきます。
 

未決勾留日数というのは,簡単に言うと,裁判の準備のために勾留されていた日数のことを言いますが,その内の一部は,刑務所で懲役刑をおつとめしたのと同じ扱いにするとされています(このことを「未決勾留日数の本刑算入」といいます)。その「一部」を何日にするかは裁判官が決めます。
 ところが,「検察官が上訴を申し立てたとき。」「検察官以外の者が上訴を申し立てた場合においてその上訴審において原判決が破棄されたとき。」は,控訴審のために勾留されていた日数の「全部」が,当然に刑務所で懲役刑をおつとめしたのと同じ扱いにするとされています(刑事訴訟法495条2項)。
 

たとえば,控訴審のために200日間勾留されていて,懲役1年の実刑判決が下ったという場合,普通だと200日の内の一部しか刑務所でおつとめしたのと同じ扱いにしかならないのに,「検察官が上訴を申し立てたとき。」「検察官以外の者が上訴を申し立てた場合においてその上訴審において原判決が破棄されたとき。」は200日がまるまる刑務所でおつとめしたのと同じ扱いになるので,実際に刑務所に行くのは160日程度でよいということになります(1審での未決勾留日数に関しては省いて考えています)。
 

換刑処分言い忘れの場合は,検察官が控訴することになる可能性が大きいのと,万が一そうでなくても,間違った判決として破棄されるので,刑事訴訟法495条2項により,「控訴審のために勾留されていた日数の「全部」」が,当然に刑務所で懲役刑をおつとめしたのと同じ扱いにする場合になることになります。ところが,一審の公判で,「換刑処分言い忘れですよ。」と指摘してしまうと,その芽を摘んでしまうことになります。
 

実際にこのようなケースだと,弁護人が「ここで自分が指摘したら「被告人に対する最善努力義務違反」になるのだろうか。」などと考えている内に,その公判期日が終了して,結局指摘する機会を失ったということになりそうです。
 

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